1897年1月8日に鳥取県教育会により発行された「山陰之教育第二十号」には、「新平民」に対する教育状況が、村ごとにまとめられている。学力保障としての「同和」教育が、100年以上も前に始められていたことは、非常に興味深いことである。また、学齢児童数と、それに対する就学者、不就学者などがまとめられており、当時の部落の教育状況が分かる貴重な資料である。就学者はほぼ男性ばかりであり、部落内でも性別による差別があったことが伺える。

以下が、表にまとめられている、新平民に対する教育が調査された、当時の地名一覧である。なお、地名は「大字」であって、あくまで周辺地域を含めた地名であるので、これが必ずしも「同和」地区名ではないことを申し添えておく。

■岩美郡
○富桑村
西品治 田島村
○美保村
宮長村 富安村
○倉田村
圓通寺村 國安村 馬場村
○國府村
町屋村
○法美村
麻生村
○面影村
大杙村
○本庄村
恩志村 本庄村

■八頭郡
○國中村
久能寺村 萬代寺村 土師百井村 石田百井村 米岡村
○船岡村
船岡村
○國英村
山手村 釜口村
○河原村
稻常村
○曳田村
曳田村
○五總村
中井村
○佐貫村
佐貫村 八日市村
○隼村
福井村 上野村
○逢郷村
南村 島村 重枝村
○八東村
才代村 東村
○若櫻村
高野村
○中私都村
市場村
○大村
鷹狩村
○用瀬村
別府村
○社村
古用瀬村
○佐治村
小原村 葛谷村 大井村
○智頭村
智頭宿ノ内本折
○中田村
三田村

■氣高郡
○大和村
倭文村
○美穂村
味野村
○海徳村
古海村 徳尾村
○福富村
中村
○松保村
布勢村
○豐實村
島村
○吉岡村
吉岡村
○大郷村
松原村
○光元村
光元村
○日置谷村
藏内村

■東伯郡
○上灘村
嚴城村 駄經寺村 圓谷村
○倉吉町
河原村 福吉町
○下中山村
田中村
○榮村
龜谷村
○小鴨村
中河原村
○福米村
上米積村 下福田村 上福田村
○東郷村
田畑村
○豐定村
出上村

■西伯郡
○米子町
新法膳寺町 新博勞町
○手間村
宮前村
○法勝寺村
法勝寺村
○五千石村
八幡村
○縣村
福萬村
○王子村
赤井手村
○大高村
尾高村
○所子村
中高村
○庄内村
押平村

■日野郡
○江尾村
江尾村
○根雨村
根雨村
○安井村
榎市村
○福榮村
神福村
○野上村
三部村
○福成村
神戸上村
○石見村
上石見村
○宮内村
矢戸村 三榮村

tottori1
tottori2
tottori3
tottori4

山陰之教育第二十号 私立鳥取県教育会事務所 1897年1月8日